旧約聖書の旅「創世記」第10回「契約と割礼」(小山哲司)

 ベテルとアイの間、以前に天幕を張った所までやってくると、アブラムの一行に問題が持ち上がってきます。それは、アブラムとロトの牧童たちの間の争いでした。その争いは、遊牧地の権利を巡るものであったと考えられます。

 さて、ロトよりも年長であり、神から約束の言葉を頂いていたアブラムには、当然のこととして土地を選択する権利がありましたが、アブラムは選択の権利をロトに譲ってしまいます。

 

「さあ、目を上げて、あなたがいる場所から東西南北を見渡しなさい。見える限りの土地をすべて、私は永久にあなたとあなたの子孫に与える。あなたの子孫を大地の砂粒のようにする。大地の砂粒が数え切れないように、あなたの子孫も数え切れないであろう。さあ、この土地を縦横に歩き回るがよい。わたしはそれをあなたに与えるから。」(13章14~17節)

 

 ここで神がアブラムに語りかけた言葉を、12章1~3節、7節の言葉と比べてみますと、約束の内容が拡大され、強調されていることが分かります。良い地をロトに譲ったアブラムは、この世の常識からいえば「繁栄」から大きく後退したように思われますが、神の目にはそうは映らなかったのです。

 アブラムは、エジプトで妻サライを裏切った経験から、心に大きな痛みを抱えていたと思われますが、痛みと正面から向き合う中で、彼は変えられていきます。そして、それがロトとの別れの場面で、選択の権利をロトに譲るという行為として実を結んでいったのです。苦しみと葛藤が人を成長させるという以上に、神との交わりの中でアブラムは変わって行った。そこに信仰の恩寵があったのだと私は思います。

 その後、東方の王たちがカナンを侵略し、ソドムの王たちを撃破してロトを奪い去りますが、アブラムの追撃に破れます。アブラムは、ここでは雄々しい戦闘指揮官として描かれています。

 アブラムは、帰還の際にサレムの王であり、異教の祭司であったメルキゼデクから祝福を受け、彼に十分の一を献げますが、このメルキゼデクはイスラエルの祭司の原型となり、さらには、イエス・キリストの予型ともされる重要な存在です。

 一方、アブラムは、ソドムの王からは何一つ得ようとはせず、メルキゼデクに対する態度とは好対照をなしています。信仰者の持つ毅然とした態度がここに示されていると言えましょう。

 これらのことの後で、主の言葉が幻の中でアブラムに臨みます。

 

「恐れるな、アブラムよ。

 わたしはあなたの盾である。

 あなたの受ける報いは非常に大きいであろう。」(15章1節後半)

 

 しかし、アブラムは主の言葉に抗議をして言います。

 

「わが神、主よ。わたしに何を下さるというのですか。わたしには子供がありません。家を継ぐのはダマスコのエリエゼルです。」(2節)

「ご覧のとおり、あなたはわたしに子孫を与えて下さいませんでしたから、家の僕が跡を継ぐことになっています。」(3節)

 

 アブラムは、子孫を繁栄させ、土地を与えるとの主の言葉を受けたにも関わらず、実子が誕生しないことに不満を抱いていたに相違ありません。

 主なる神は、具体的な回答を与えてアブラムの迷いを断ち切ります。

 

 見よ、主の言葉があった。

「その者があなたの跡を継ぐのではなく、あなたから生まれるものが跡を継ぐ。」

 主は彼を外に連れ出して言われた。「天を仰いで、星を数えることが出来るなら、数えてみるがよい。」そして言われた。「あなたの子孫はこのようになる。」(15章4~5節)

 

 神の言葉を受け、満天の星を見つめながらアブラムは自分自身の子供が誕生して子孫が増えることを信じます。

 

 アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。(6節)

 

 その後、主なる神はアブラムに牝牛と牝山羊と牡山羊と山鳩とを用意してそれらを半分に引き裂き、向かい合わせに置くように命じます。猛禽がそれを襲わない様に番をするうちにアブラムは深い眠りに陥りますが、夢(幻)の中で神は、アブラムの子孫の行く末について語ります。やがて、辺りが闇に包まれた頃、煙をはいた炉と燃えた松明が引き裂かれた動物の間を通ります。これは神がアブラムと契約を結ばれたしるしでした。

 こうして繰り返し臨む神の約束の言葉にも関わらず、一向に懐妊する兆しのないサライは、女奴隷ハガルによって母となろうと企てます。(16章)

 

 サライはアブラムに言った。

「主はわたしに子供を授けてくださいません。どうぞ、わたしの女奴隷のところに入って下さい。わたしは彼女によって、子供を与えられるかもしれません。」

 アブラムは、サライの願いを聞き入れた。(16章2節)

 

 これは、当時行われていた習慣に乗っ取ったことでしたが、神の言葉よりも人の智恵、人の業に寄り頼んだことによって、アブラムとサライ、そしてハガルの間に亀裂が走ります。

 

 サライはアブラムに言った。

「私が不当な目に遭ったのは、あなたのせいです。女奴隷をあなたのふところに与えたのはわたしなのに、彼女は自分が身ごもったのを知ると、わたしを軽んじるようになりました。主がわたしとあなたとの間を裁かれますように。」(5節)

 

 ハガルは、サライの仕打ちに耐え兼ねて、また、子供を自分自身の子としたいと願って逃亡しますが、御使いの姿をとられた主にサライのもとに戻るように示され、やがて誕生する子供が繁栄するという約束を受けます。

 

 主の御使いは言った。

「女主人のもとに帰り、従順に仕えなさい。」

 主の御使いは更に言った。

「わたしは、あなたの子孫を数え切れないほど多く増やす。」(9~10節)

 

 こうして、人の思いが招いた悲劇に神は介入し、約束の実現に向けて導く神の姿が改めて鮮明に示されます。

 

 さて、それでは本日の箇所に入って行きたいと思います。

 16章の最後にアブラムの年齢が記されておりますが、ハガルがイシュマエルを生んだ時、アブラムは86歳でした。17章の冒頭には「アブラムが99歳になったとき」とありますので、13年の時が経過しています。イシュマエルは成長して子供から青年に移行する時期を迎えつつあり、アブラムの唯一の後継者と目されていたはずです。

 こうした中に再び主なる神が現われ、アブラムに語りかけて言われます。

 

「わたしは全能の神である。あなたはわたしに従って歩み、全き者となりなさい。わたしは、あなたとの間にわたしの契約を立て、あなたをますます増やすであろう。」(17章1~2節)

 

 ここで「全能の神」と訳されている言葉は「エル・シャッダイ」ですが、この言葉が何を意味しているかについては諸説があり、どうもはっきりいたしません。元々の意味、そして起源がはっきりしないほどに「エル・シャッダイ」という神の呼び名は古いものと思われます。

 また、「エル・シャッダイ」が神の呼び名として用いられているのは主に創世記においてであり、それに続く出エジプト記では6章3節でしか使われていません。

 

「わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに全能の神(エル・シャッダイ)として現れたが、主というわたしの名を知らせなかった。」(出エジプト記6章3節)

 

 このように「エル・シャッダイ」は、族長時代-アブラハム・イサク・ヤコブ-の特徴的な神の呼び名であったと思われます。「エル・シャッダイ」の他にも、14章19節のエル・エリヨン(いと高き神)や、エル・ロイ(私を顧みられる神)など、エルという神名が度々登場しますが、やがて、神の呼び名はヤハウェに統一されていきます。

 

 「エル・シャッダイ」は、アブラムに服従を求めて語りかけた後、極めて重要な言葉を用います。それは「契約」です。

 「契約」という言葉は旧・新約聖書を通して最も重要な言葉の一つですが、それが創世記において初めて登場するのは6章18節のノアとの契約の場面です。

 

 わたしはあなたと契約を立てる。あなたは妻子や嫁たちと共に箱舟に入りなさい。また、すべて命あるもの、すべて肉なるものから、二つずつ箱舟に連れて入り、あなたと共に生き延びるようにしなさい。それらは、雄と雌でなければならない。(6章18~19節)

 

 ノアとの契約で「契約」という語が多用されているのは、9章9~17節の虹を契約のしるしとして神が指し示す場面であり、その次に「契約」が登場するのは15章18節です。

 

「わたしは、あなたたちと、そして後に続く子孫と、契約を立てる。あなたたちと共にいるすべての生き物、またあなたたちと共に居る鳥や家畜や地のすべての獣など、箱舟から出たすべてのもののみならず、地のすべての獣と契約を立てる。わたしがあなたたちと契約を立てたならば、二度と洪水によって肉なるものがことごとく滅ぼされることはなく、洪水が起こって地を滅ぼすことも決してない。」(9章9~11節)

 

 9章と比べると15章の用例は「その日、主はアブラムと契約を結んで言われた。」という1ヵ所のみであり、しかもト書きの部分であって、神ご自身が「契約」という言葉を用いている訳ではありません。9章の次に「契約」が多用されているのは本日取り上げた17章であり、ここで「契約」を含む節は2節、4節、7節、9節、10節、11節、13節、14節、19節、21節の10の節に渡っています。従って、アブラムがカルデアのウルを出発した後、神の言葉が「契約」という色彩を帯びて強調されるのは、この17章であるといって良いと思われます。更に、創世記中では18章以降に「神との契約」という意味で「契約」という言葉が使われている箇所はありません。「神との契約」という用法で「契約」という言葉が次に登場するのは、出エジプト記2章24節ですが、「神はその嘆きを聞き、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。」とあるように、創世記15章、17章でアブラムと結ばれた契約が思い起こされているのであって、その意味でも重要なポイントとなるのがこの17章であると思われます。

 ところで、15章と17章とは、共に神とアブラムとの「契約」を取り上げている箇所ですが、取り上げ方が大きく異なります。15章での神とアブラムのやり取りは、跡継ぎをどうするかという具体的な問題に関して論争的なやり取りが行われています(参照15章2節~3節、8節)。

 

 アブラムは尋ねた。

「わが神、主よ。わたしに何を下さるというのですか。わたしには子供がありません。家を継ぐのはダマスコのエリエゼルです。」

 アブラムは言葉を継いだ。

「ご覧のとおり、あなたはわたしに子孫を与えて下さいませんでしたから、家の僕が跡を継ぐことになっています。」(15章2~3節)

 

 アブラムは尋ねた。

「わが神、主よ。この土地をわたしが継ぐことを、何によって知ることができましょうか。」(15章8節)

 

 また、夜空の星や奇怪な契約の儀式を描写するなど、イメージ豊かな筆致で描かれており、非常にリアルな印象を与えています。

 それに対して17章では1節から16節まで神の一方的な言葉が続き、アブラムは平伏して聞くのみ。また、15章の様な具体的な問題や描写は行われず、説明的な要素が強いと言えます。

 こうした違いが生じた原因としては、15章の元となる資料(J資料とE資料の複合)と、17章の元となる資料(P資料)の成立年代が異なることが考えられます。こうした資料説に立つならば、15章では神とアブラムとの契約の核となる出来事自体が描かれ、17章においてはその出来事に対する神学的な説明が付加されていると説明できます。それは、15章の基礎となるJ・E資料の方がP資料よりも成立年代が古いからです。16章は、イシュマエル誕生のエピソードが挿入されたということになるのでしょう。

 

 17章の中心となる主題は「契約」でありますが、「契約」を強調することに付随して2つのことが生じて来ます。その1つはアブラムとサライの改名、もう1つは後で述べます割礼です。

 

「これがあなたと結ぶわたしの契約である。あなたは多くの国民の父となる。あなたは、もはやアブラムではなく、アブラハムと名乗りなさい。あなたを多くの国民の父とするからである。わたしは、あなたをますます繁栄させ、諸国民の父とする。王となる者たちがあなたから出るであろう。」(17章4~6節) 

 

 こうしてアブラムはアブラハムに改名しますが、この改名は自らの意思で行ったものではありません。神によって改名を求められたのです。

 アブラハムの時代には、現代とは比べ物にならないほどに言葉が重要視されておりましたので、名前が変わるということは名前に対応する人物の変化を意味しました。諸説はありますが、アブラムは「高貴な父」を意味し、アブラハムは「諸国民の父」を意味します。これは、アブラムが単に一族の族長から、諸国民の父にふさわしい存在となったことを意味します。

 「高貴な父(アブラム)」が「諸国民の父(アブラハム)」となる鍵を握っているのは、老齢になっても未だに誕生の兆しを見せないサライの子ですが、この時点ではアブラムにサライの子から諸国民が誕生するという意識はありません。改名-アブラム自身の変化-をもたらしたのは、アブラムの内発的な決断ではなく、あくまでも神の側のリーダーシップでした。

 ここで12章以降の「子孫の繁栄」に関する神の言葉を確認しておきたいと思います。17章4~6節と比べてみましょう。

 

「わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める、祝福の源となるように。あなたを祝福する人をわたしは祝福し、あなたを呪う者をわたしは呪う。地上の氏族はすべてあなたによって祝福に入る。」(12章2節)

 

「あなたの子孫を大地の砂粒のようにする。大地の砂粒が数えきれないように、あなたの子孫も数えきれないであろう。」(13章16節)

 

「主は彼を外に連れ出して言われた。『天を仰いで星を数えることが出来るなら、数えてみるがよい。』そして言われた。『あなたの子孫はこのようになる。』」(15章5節)

 

 これらと比べると17章4~6節の「諸国民の父」という表現、及び、「王となる者たちがあなたから出るであろう。」という宣言は17章独自のものです。17章以前の言葉は、アブラハム一族の繁栄を約束する言葉であったのに対し、17章では一族の枠を越えて子孫が繁栄し、やがてそこから諸民族が誕生して行くという約束の言葉に拡大されていることが分かります。6節の「王となる者」が、具体的にはダビデ、ソロモンを念頭に置いていることも容易に想像がつきます。

 アブラムに改名を求められた神は、それに続いて次のように言います。

 

「わたしは、あなたとの間に、また後に続く子孫との間に契約を立て、それを永遠の契約とする。そして、あなたとあなたの子孫の神となる。わたしは、あなたが滞在しているこのカナンのすべての土地を、あなたとその子孫に、永久の所有地として与える。わたしは彼らの神となる。」(7~8節)

 

 この7~8節の特徴は、神とアブラハムとの契約は、アブラハムの子孫との間にも同様に結ばれるということ。12章から16章には、子孫との間にも契約を結ぶという箇所はありません。9章でノアと契約を結んだ際の「子孫との契約」がここに再登場した訳です。また、アブラハム、そして、その子孫との契約は永遠の契約であり、それに基づいてカナンの全ての土地はアブラハムとその子孫が永遠に所有するという考え方は、17章で初めて登場します。(9章のノアとの契約も「永遠の契約」とされましたが、土地の所有に関しては触れておりません。)

 ここで創世記が編纂されたバビロン捕囚の時期を思い起こして下さい。当時のカナン地方は南ユダ王国が滅ぼされた後であり、既に彼らのものではなくなってしまいました。しかし、彼らは遠きバビロンにおいて民族の危機に瀕しながらも、カナンの地はあくまでも自分たちの約束の地であり、そこに故国が復興されることを信じて疑わなかったことが7~8節からはうかがわれます。子供の誕生など想像も付かないような老齢のアブラハムとサラからイサクが誕生したように、復興の希望など全く抱くことの出来ない状況の中においても、自分たちの主なる神は故国を復興して下さるのだと、創世記の編者は私たちに語りかけているように思います。

 1897年にユダヤ人ジャーナリストであったヘルツルがシオニスト団を結成し、故国の復興運動を始めましたが、こうしたシオニズム運動の根底にあったのは創世記17章8節の言葉であったと思われます。シオニズム運動は、やがてイギリスの支持を受けてバルフォア宣言(1917年)へと結び付き、1948年にイスラエルの建国という実を結びますが、創世記の時代に結ばれた神と人との契約は、こうして今日の世界にも大きな影響を与えているのです。

 

 さて、こうして子孫の繁栄と土地の所有を「与える」旨の契約を述べた後、神はアブラハムが「守るべき」契約を述べて次のように言う。

 

 神はまた、アブラハムに言われた。

「だからあなたも、わたしの契約を守りなさい、あなたも後に続く子孫も。あなたたち、およびあなたの後に続く子孫と、わたしとの間で守るべき契約はこれである。すなわち、あなたたちの男子はすべて、割礼を受ける。包皮の部分を切り取りなさい。これが、わたしとあなたたちとの間の契約のしるしとなる。いつの時代でも、あなたたちの男子はすべて、直系の子孫はもちろんのこと、家で生まれた奴隷も、外国人から買い取った奴隷であなたの子孫でないものも皆、生まれてから八日目に割礼を受けなければならない。あなたの家で生まれた奴隷も、買い取った奴隷も、必ず割礼を受けなければならない。それによって、私の契約はあなたのからだに記されて永遠の契約となる。包皮の部分を切り取らない無割礼の男がいたら、その人は民の間から断たれる。私の契約を破ったからである。」(17章9~14節)

 

 古代社会において割礼は、男女の性器の一部を切除あるいは切開する儀式であり、青年期-特に結婚前に-に行われるのが通常であったそうです。割礼の起源・目的ははっきりしませんが、これは広く一般的に行われており、大人社会へ仲間入りするための通過儀礼(イニシエーション)であったと理解されています。日本でいえば、元服式に相当するものといえましょうか。

 当時のカナン地方では、カナン人をはじめ、エドム人、モアブ人など、イスラエル人と直接隣り合って生活していた人々のほとんどが割礼を行っていました。例外は、ペリシテ人であり、また、アッシリアやバビロニアなどメソポタミアの人々は割礼を行っていませんでした。カルデアのウルから移住してきたアブラハム一族も、メソポタミアには割礼を行う習慣がなかったために割礼を受けていなかったものと考えられます。17章9節以下の箇所は、カナン地方の習慣であった割礼がイスラエルに導入された起源を述べたものと理解できます。

 当時のカナン地方で行われていた割礼と神がアブラハムに求めた割礼との大きな違いは、割礼の時期とその位置付けです。カナン地方で行われていた割礼が青年時代に行われ、大人の仲間入りをするための通過儀礼であったのに対し、創世記17章の割礼は、神とアブラハムとが結んだ契約のしるしであって、生後8日目に受けなければなりませんでした。「それによって、わたし(神)の契約はあなたのからだに記されて永遠の契約となる。」(17章13節)ためです。こうして、割礼の時期を誕生直後にしたのは、神との契約関係が神によって与えられたものであり、人間の側の個人的な選択や決意によるものではないことを強調しようとしたためだと考えられます。

 ここで再びバビロン捕囚の時期に戻ります。

 創世記が編纂されたバビロン捕囚の時期には、イスラエルは民族が消滅するか否かの瀬戸際に追い詰められていました。当時の世界都市バビロニアは、バベルの塔に象徴されるように繁栄を極めており、イスラエルと同じように征服された民族が捕囚の民として滞在していました。彼等の多くは、民族としてのアイデンティティーを失って歴史の中に消えて行きましたが、捕囚のイスラエル人たちは、過去の伝承を取りまとめて創世記を編纂し、自分たちの神ヤハウェが天地万物の創造主であり、自分たちの父祖アブラハムが諸民族の父祖であることを宣言し、バビロンの創造神であるマルドゥクに対して戦いを挑んで行ったのです。故国喪失の危機に瀕し、民族のアイデンティティーを守る戦いの一環として割礼が重んじられ(バビロン、アッシリアなどのメソポタミアの国々では割礼が行われていなかった)、それが「包皮の部分を切り取らない無割礼の男がいたなら、その人は民の間から断たれる。わたしの契約を破ったからである。」(14節)という強い表現に結び付いたものと思われます。

 その一方で、割礼の対象となるのは血筋の上でアブラハムの子孫であるものには限られませんでした。12節に示されるように、「外国人から買い取った奴隷であなた(アブラハム)の子孫でない者」にも割礼は求められたのであり、外国人がユダヤ教に改宗する際の条件としても割礼は不可欠のものであったのです。

 やがて、肉に対する割礼の強調は、時代が下がるに連れて性格を変えて行きます。

 

「心の包皮を切り捨てよ。」(申命記10章16節)

 

「あなたの神、主はあなたとあなたの子孫の心に割礼を施し、心を尽くし、魂を尽くして、あなたの神、主を愛して命を得ることが出来るようにして下さる。」(申命記30章6節)

 

 申命記10章、30章からの引用箇所のように、肉に対する割礼から心の割礼へと割礼の意味を拡張していき、

 

「見よ、時が来る、と主は言われる。その時、わたしは包皮に割礼を受けた者をことごとく罰する。エジプト、ユダ、エドム、アンモンの人々、モアブ。すべて荒れ野に住み、もみ上げの毛を切っている人々、すなわち割礼のない諸民族をことごとく罰し、また、心に割礼のないイスラエルの家をすべて罰する。」(エレミヤ9章25節)

 

エレミヤ書9章のように、肉に対する割礼の本質は心に対する割礼であるという思想が芽生えるようになります。申命記が編纂されたとされる紀元前7世紀にはエレミヤも預言活動を行っており、南ユダ王国の危機を前にして内面の悔い改めが強調された時期であったためかもしれません。

 更に時代が下って新約の時代になると、肉の割礼の意味は否定され、「霊」によって心に施された割礼こそが割礼であるとされるようになります。

 

「外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、肉に施された外見上の割礼が割礼ではありません。内面がユダヤ人である者こそユダヤ人であり、文字ではなく“霊”によって心に施された割礼こそ割礼なのです。その誉れは人からではなく、神から来るのです。」(ロマ2章28~29節)

 

 パウロのこうした主張の根拠とされているのは創世記15章6節であり、割礼をイスラエルに導入したアブラハムその人を割礼を否定する根拠として、次のように述べております。

 

「では、この幸いは、割礼を受けた者だけに与えられるのですか。それとも、割礼のない者にも及びますか。わたしたちは言います。「アブラハムの信仰が義と認められた」のです。どのようにしてそう認められたのでしょうか。割礼を受けてからですか。それとも、割礼を受ける前ですか。割礼を受けてからではなく、割礼を受ける前のことです。アブラハムは、割礼を受ける前に信仰によって義とされた証しとして、割礼の印を受けたのです。こうして彼は、割礼のないままに信じるすべての人の父となり、彼らも義と認められました。更にまた、彼は割礼を受けた者の父、すなわち、単に割礼を受けているだけでなく、わたしたちの父アブラハムが割礼以前に持っていた信仰の模範に従う人々の父ともなったのです。」(ロマ4章9~12節)

 

 こうしたパウロの割礼に対する批判の論理は、単に割礼に留まることなく外形的儀式全般に及ぶように思われます。何故なら、アブラハムが義と認められたのは「割礼を受けてからではなく、割礼を受ける前のこと」でありますが、これは割礼ばかりではなく、その他のありとあらゆる典礼・儀式の登場する以前のことであったからです。従って、パウロの論理を徹底していくならば、教会で執り行われている種々の秘蹟・聖礼典(サクラメント)も、割礼と同様の批判の対象とならざるを得ません。ルターは、パウロのロマ書、ガラテヤ書に立脚してカトリック教会と論争して宗教改革を行い、カトリックの7つの秘蹟のうち洗礼と聖体以外のもの(堅信、告解、終油、叙階、婚姻)を否定しました。こうして、現在のプロテスタント教会は洗礼と聖餐の2つを教会の聖礼典としています。

 しかし、パウロの論理を徹底的に押し進めて行くならば、洗礼と聖餐すらパウロの批判の対象とならざるを得ないのではないでしょうか?

 ここまで考えて来て、こうしたパウロの信仰理解の徹底が無教会の在り方とな繋がっているのではないかと思うようになりました。しかし、私の論理の飛躍や誤解があると困りますので、先達の書物を調べてみました。

 黒崎幸吉先生は次のように書いておられます。

「アブラハムの信仰がいかなる信仰であったかについては、後に17節以下に詳述されているのであるが、ここではユダヤ人が信仰よりも割礼を重視していることが大いなる誤謬であることを示すためにパウロは注意してこの論を進めているのである。何れの時代も信仰よりも形式が重視されやすいものである。今日のキリスト教会においても信仰(しかも17節以下のごとき信仰)が無視されて、反って洗礼や聖餐が重視されている事実を見るならば、パウロがその伝道の初めから、ユダヤ人の反対を無視し、身の危険を冒しても(ガラテヤ5・11)割礼に対して反対したのは、実に彼の信仰の偉大さを物語るものと言わなければならない。」(「続・黒崎幸吉著作集2巻 ロマ書研究」P62 新教出版社)

 また、矢内原忠雄先生は、次のように述べておられます。

「パウロは、アブラハムがその信仰を義と認められたといふ旧い歴史上の事実から議論を始めて、イエスの十字架と復活といふ新しい歴史上の事実に及んだ。而してイエスを信ずる信仰によって義と認められるといふ彼の主張は、ユダヤ主義者らの批評するやうに、アブラハムの例によって破壊せられるどころか、かへって確かめられる。且つイエスを信ずる信仰の効果は、アブラハムの場合に比しその内容に於いて遥かに深くその展望に於いて遥かに大きい。アブラハムの裔が世界の世嗣ぎとなるといふ神の約束は、真の意味於いてはキリストを信ずる者に於いて実現せられるのである。この意味においてアブラハムはすべて信ずる者の父であり、キリストを信ずる者は彼の真の裔である。敵の非難を取り上げて、このやうな重大な真理を彼は展開したのです。パウロの議論の鋭さと、真理に対する熱心とがこの歴史論にもよく現われて居る。この真理の前に出ては、割礼だ洗礼だ教会だといふ問題は、ほんたうに小さいものになってしまふ。行為によらず信仰によって義と認められるといふ大原則は、割礼以前、洗礼以前、教会以前に堅立せられたからである。又それであればこそ、真にいかなる人をも救ふ神の力であるのです。」(聖書講義Ⅲ ロマ書P74 岩波書店)

 やはり、「行為によらず信仰によって義と認められるといふ大原則は、割礼以前、洗礼以前、教会以前に堅立せられた」のであって、ルターの宗教改革を徹底させたのは無教会であるという考え方には、しかるべき根拠があると思います。

 さて、契約のしるしとして割礼を求められた神は、サライの改名を求めて言います。

 

 神はアブラハムに言われた。

「あなたの妻サライは、名前をサライではなく、サラと呼びなさい。わたしは彼女を祝福し、彼女によってあなたに男の子を与えよう。わたしは彼女を祝福し、諸国民の母とする。諸民族の王となる者たちが彼女から出る。」(17章15~16節)

 

 サラは、サライと同様に王女・女王を意味する名前ですが、アブラムがアブラハム(諸国民の父)となりましたので、サライも諸国民の母となり、その現われとして改名することが自然でありました。また、これは、アブラハムから誕生する諸国民とは、ハガルの子であるイシュマエルの子孫ではなく、サラ自身が生むイサクの子孫であると受け取ることができます。

 

 アブラハムはひれ伏した。しかし笑って、ひそかに言った。「百歳の男に子供が生まれるだろうか。九十歳のサラに子供が産めるだろうか。」

 アブラハムは神に言った。

「どうか、イシュマエルが御前に生き永らえますように。」(17章17~18節)

 

 アブラハムは、神の言葉に平伏しながらも、思わず笑ってしまいます。この時点においてもアブラハムの思いはイシュマエルに傾き、自分の子孫はイシュマエルを通して繁栄すると固く信じていることが窺えます。私たちの信仰の父祖は、意外と合理的な考え方をする人物であり、神の約束があれば百歳の人間にも子孫が誕生するなどと簡単に信ずる者ではありませんでした。アブラハムの笑いは、しかし、神を嘲る笑いと言う訳ではなく、100歳になろうとする老人に荒唐無稽な約束-子孫の繁栄も土地の所有もさっぱり実現の兆しが見えない!-を繰り返す神に対して、思わず漏らしてしまった苦笑いであったと思われます。

 神は、アブラハムの願いを抑えてあくまでも約束の子孫はサラから誕生することを重ねて約束し、誕生する子の名前をイサクと名付けるように言います。イサクは、「彼は笑う」という意味であると説明されていますが、これは、アブラハムが神の約束を笑ったことと、21章6節にあるようにイサクの誕生によってアブラハムとサラが笑いを得たことの二重の意味を持っているのかもしれません。その一方で、神はイシュマエルに対するアブラハムの願いも聞き入れて、イシュマエルの繁栄を約束しますが、そのことと神の契約とは別のものであると釘を差すことも忘れません。

 ここで神は、これまでにない約束の言葉をアブラハムに告げて言います。

 

「しかし、わたしの契約は、来年の今ごろ、サラがあなたとの間に産むイサクと立てる。」(17章21節)

 

 これまで、神は、アブラハムに約束を与えるに際して、成就のときを明示して来ませんでした。殊更に時を曖昧にしていたかのようでしたが、ここにおいて1年後という具体的な時を示すことで、約束の具体性、信憑性を表わしているように思われます。

 

 アブラハムは、息子のイシュマエルをはじめ、家で生まれた奴隷や買い取った奴隷など、自分の家にいる人々のうち、男子をみな集めて、すぐその日に、神が命じられたとおり包皮に割礼を施した。アブラハムが包皮に割礼を受けたのは、99歳、息子イシュマエルが包皮に割礼を受けたのは、13歳であった。アブラハムとイシュマエルは、すぐその日に割礼を受けた。アブラハムの家の男子は、家で生まれた奴隷も外国人から買い取った奴隷もみな、共に割礼を受けた。(17章23~27節)

 

 アブラハムは、神が求められた割礼をすぐさま実行に移し、その日の内に一族の男子すべてに割礼を施しました。この箇所については、24~25節を間に挟んで、その前後が線対称となるような書き方をしており、アブラハムとイシュマエルをはじめとして、一族の男子すべてが、その日の内に割礼を受けたという点を繰り返し強調しています。神の約束に苦笑を漏らすような弱さを見せたかと思うと、神の求めを迅速に徹底して実行するアブラハムの複雑な人物像が浮かんで参ります。

 

<結 語>

 17章は、契約と割礼の章です。

 主は、アブラムの子孫を繁栄させ、土地を所有させるという契約をここで繰り返し、アブラハムと改名するように命じます。彼はまだ一片の土地すらも自分の所有とはしておりませんでしたが、神はカナンの土地が永久にアブラハムとその子孫の所有地であると宣言し、約束のしるしとして一族の男子はすべて割礼を受けるように命じます。ここには創世記編者の民族と祖国の復興を信じる信仰が色濃く表われていると思われます。

 アブラハムは、サラが子供を生むという神の言葉を笑いますが、神は1年後にはイサクが誕生し、それが神が契約を結ぶべきアブラハムの子孫であると宣言します。神の言葉を受け、アブラハムはその日のうちに一族の男子すべてに割礼を施しますが、こうした点にアブラハムの複雑な性格が表われているのではないでしょうか。

 

 

<今回の参考書>「創世記」(関根正雄訳 岩波文庫)/「創世記」(月本昭男訳 岩波書店)/「現代聖書注解 創世記」(ブルッグマン著 日本基督教団出版局)/「ケンブリッジ旧約聖書注解 創世記」(デヴィッドソン著 新教出版社)/「新聖書注解 旧約Ⅰ」(いのちのことば社)/「続・黒崎幸吉著作集2巻 ロマ書研究」(新教出版社)/「聖書講義Ⅲ ロマ書」(矢内原忠雄著 岩波書店)