旧約聖書の旅「創世記」第28回「エサウとの再会」(小山哲司)

「エサウとの再会」 旧約聖書の旅28

2000.9.3 小山 哲司

 前回のレポートでは創世記32章2節~33節を取り上げ、ヤコブが、エサウとの再会に備えて様々な準備を行った後、ペヌエルで神と格闘した場面について学びました。本日は33章1節~17節を取り上げますが、その前にこれまで学んできたことを振り返っておきたいと思います。

 アブラムは、神の言葉に促されてカルデアのウル、そしてハランを後にしました。神は、アブラムの子孫が繁栄して約束の地を受け継ぐと語りかけますが、寄留したエジプトで、妻サライは宮廷に召し入れられてしまいました。神の介入によってサライを取り戻したアブラムは、エジプトからカナンの地へと戻ります。(創世記12章)

 ベテルとアイの間の所までやってくると、アブラムとロトの牧童たちの間に遊牧地を巡る争いが持ち上がってきます。アブラムは、土地を選択する権利をロトに譲ってしまいます。(13章)

 その後、東方の王たちがカナンを侵略し、ソドムの王たちを撃破してロトを奪い去りますが、アブラムの追撃に破れます。(14章)

 幻の中で「あなたの受ける報いは非常に大きい」という主の言葉がアブラムに臨み、アブラムは自分の子孫が増えることを信じます。やがて、煙をはいた炉と燃えた松明が引き裂かれた動物の間を通りますが、これは神とアブラムとの契約のしるしでした。(15章)

 懐妊する兆しのないサライは、女奴隷ハガルによって母となろうと企てます。ハガルは、サライの仕打ちに耐え兼ねて、また、子供を自分の子としたいと願って逃亡しますが、主にサライのもとに戻るように示され、誕生する子供(イシュマエル)が繁栄するという約束を受けます。(16章)

 イシュマエルの誕生から13年後、主なる神は再びアブラハムに現われます。主は契約を繰り返し、アブラハムと改名するように、また、一族の男子はすべて割礼を受けるようにと命じ、それに続いて、イサクの誕生を予告します。アブラハムは、サラが子供を生むという主の言葉を笑いますが、主は1年後にはイサクが誕生し、それが神が契約を結ぶべきアブラハムの子孫であると宣言します。主の言葉を受け、アブラハムはその日のうちに一族の男子すべてに割礼を施します。(17章)

 イサクの誕生を予告した神は、旅人の姿をとって天幕を訪れ、来年の今ごろサラに男の子が誕生すると予告しますが、サラはそれを笑います。

 神の一行は、見送るアブラハムにソドムを滅ぼすことを示します。アブラハムは、少しでも正しい者がいれば滅ぼさないで欲しいと懇願し、「10人の正しい者がいれば滅ぼさない」という神の約束を取り付けます。ここには、罪なき者には罪ある者を救う力があるという思想が表われており、神とアブラハムとの交渉は緊迫したドラマを展開します。(18章)

 ソドムの町に入った二人の御使いは、ロトの家に招き入れられます。御使いから神がソドムを滅ぼすと聞かされたロトは、御使いに手を取られて妻と二人の娘と一緒に町の外へと連れ出されます。山へ逃げよという神の命に背いてロトはツォアルに逃げ、やがて山の中の洞穴に移り住みます。結婚相手のいない二人の娘は、父親であるロトによって子を得ます。(19章)

 アブラハムは、サラを妹と偽ったお陰で、ゲラルの王アビメレクによってサラを召し入れられてしまいます。アビメレクは夢に現われた神に「召し入れた女の故にお前は死ぬ。・・・もし返さなかったら、あなたもあなたの家来も皆、必ず死ぬ」と命じられ、翌朝、アブラハムを呼びつけます。アブラハムは「サラは実際に妹でもあるのです」と苦しい弁明をしますが、異教の王によって倫理的な過ちを糾弾されたのは屈辱的な経験だった筈です。アブラハム自身に価値はなくとも、神の一方的な恩恵によって諸国民に生命を与える器として選ばれたといえるでしょう。(20章)

 主なる神が約束された時期にサラに男子が誕生し、イサクと名付けられました。やがて、サラはハガルとイシュマエルの追放を求めます。アブラハムは水と食料を持たせて二人を送り出しますが、間もなく水が尽き、ハガルはイシュマエルの死を覚悟します。しかし、神の御使いが現われて「わたしはかならずあの子を大きな国民とする」と言い、ハガルは井戸を発見します。旧約の神はイサクを約束の子として選んだ「選び」の神でありますが、選びの外側にいる者に対しても恵み豊かな神でした。(21章)

 神はアブラハムを試みようと「イサクを燔祭の犠牲として献げよ」と命じます。アブラハムは、イサクを連れてモリヤの地へと向かいますが、薪を背負ってモリヤの地へと歩むイサクの姿は、十字架を背負ってゴルゴダの丘に向かうイエスの姿を彷彿とさせます。正にイサクを屠ろうとした時、神はイサクの身代わりとなる雄羊を示されます。この後、アブラハムは主役の座をイサクに譲り、旧約の舞台から静かに退場していくのです。(22章)

 サラは127年の生涯を全うしてヘブロンの地で亡くなり、アブラハムは墓地を求めてヘト人エフロンからマクペラの洞窟と畑を購入します。その代価は驚くほど高額なものでしたが、アブラハムは言い値の通りに代金を支払います。武力で占拠できたであろうアブラハムが、平和的な手段で土地を購入した点に、彼の成熟した信仰と人柄を見ることが出来ます。(23章)

 アブラハムは、イサクに妻を迎えようと僕をナホルの町に遣わします。僕は、ナホルの町外れの井戸で親切な娘リベカと出会い、彼女がイサクの妻となるべき女性であると確信します。リベカは、僕の申し出を受け入れてカナンへと旅立ちますが、ここには、自立した女性としてのリベカの姿が表われています。(24章)

 アブラハムにはケトラを通しても多くの子孫が誕生しましたが、その子孫の名前は周辺種族の名前と一致し、また、ハガルから誕生したイシュマエルの子孫の名前も周辺種族の名前と一致します。これは、イスラエルと周辺の種族との関係の深さを示すものです。一方、イサクを通して誕生したエサウとヤコブの兄弟には性格の違いがあり、ヤコブは、エサウの長子権を一杯のレンズ豆の煮物と引き換えに奪ってしまいます。(25章)

 飢饉を避けるためエジプトに下ろうとしたイサクに神の言葉が臨み、イサクはゲラルに滞在します。この時、主がアブラハムと結ばれた契約がイサクと更新されました。イサクはリベカを自分の妹だと偽りますが、王アビメレクに二人が夫婦であることを気付かれてしまいます。富み栄えたイサクはアビメレクによって追い出され、ゲラルの谷に移動しますが、そこでは井戸を巡る争いが生じます。争うことなく次々に井戸を掘り当てるイサクのもとをアビメレクが訪れ、二人は契約を結びます。(26章)

 臨終の床に就いたイサクは、長子としての祝福を与えようとエサウを呼びます。イサクは、祝福を与える前に料理を食べたいと言い、エサウは獲物を獲りに出かけます。リベカは、ヤコブをそそのかして祝福を横取りするように仕向けます。ヤコブは、声色を真似、毛皮を腕に巻き付けてイサクを騙し、エサウの受けるべき祝福を受けます。その直後にやってきたエサウは、悲痛な声をあげて祝福を求めますが、イサクが彼に与えたのは、およそ祝福という言葉からはほど遠いものでした。(27章1~40節)

 エサウの怒りから逃れるため、そして、叔父ラバンの娘の中から結婚相手を選ぶために、ヤコブはハランに向けて旅立ちます。旅の途中で、彼は天から下る階段を天使が昇り降りする夢を見ます。夢に現れた主は、アブラハム、イサクと結んだ約束をヤコブと更新し、何処に行こうともヤコブと共にいると語りかけます。夢から覚めたヤコブは、枕石を記念碑として立て、その地をベテル(神の家)と名付けます。(27章41~28章22節)

 ヤコブは、ハラン近くの井戸でラケルと出会います。1ヵ月後、ラバンに労働の報酬を尋ねられたヤコブは、ラケルを妻とするために7年間働くと申し出ますが、ラバンによってレアとの結婚を余儀なくされ、ラケルを妻とするためには14年間も働かなければならなくなります。無理やり結婚させられてしまったレアから、イスラエルの祭司職につながるレビ、そして、ダビデ王からキリストにつながるユダが生まれます。(29章1~30節)

 レアから男子が誕生するのを見て、ラケルは召使ビルハによって母になろうと企てます。レアも召使ジルパによって子を得ます。やがて、二人は恋なすびを巡って取り引きをし、レアがヤコブと寝る権利を得て男子を生みます。不妊であったラケルも、最後には神の顧みによってヨセフを生みます。ヤコブの息子たちは、母たちの争いの中に生を受けましたが、人間の憎しみ、妬み、怒りが交錯する中にも神の業は行われ、新たな生を引き起こすのは主なる神であることが示されています。(29章31節~30章24節)

 ラケルとの結婚に必要な7年の労働が終わった頃、ヤコブは、「妻子と共に故郷に帰らせて欲しい」とラバンに求めます。ラバンは、ヤコブに報酬を示すように言いますが、ヤコブが求めたのはぶちやまだらの山羊、黒みがかった羊であり、とるに足りないものでした。ラバンの警戒をよそに、ヤコブは黒い山羊、白い羊から呪術的な方法でぶちやまだらの山羊、そして黒みがかった羊を増やしていきますが、こうした繁栄は主なる神によってもたらされたものでした。(30章25~43節)

 ヤコブの繁栄を目のあたりにしたラバンとその息子たちは、彼を中傷するようになり、彼に対する態度も変わっていきました。その時、故郷に帰れという主の言葉がヤコブに臨み、彼はラケルとレアに帰郷の計画を打ち明けます。ラケルとレアが彼の計画に賛成したことを受けて、ヤコブは、ラバンたちが羊の毛を刈ることに忙しい時期を見計らい、全財産を携え、家族を引き連れてカナン地方へと出発します。(31章1~22節)

 ハランから旅立ったヤコブは、ギレアドの山中でラバンに追い付かれます。武力による衝突は、神の介入によって回避され、ラバンとヤコブの言葉による応酬が行われます。「非難するな」との神の命令にも関わらず、ラバンはヤコブを非難してテラフィムを探し出そうとしますが、ラケルの狡智によって見つけ出すことが出来ません。ヤコブはその機に乗じて一気に優位に立ち、逆にラバンを非難します。過酷な主人であったラバンの許で家族、財産を増やし、それらを引き連れて故郷に帰ることが出来たのは、アブラハム、イサクの神であった主が共にいたからだとヤコブは訴えます。ラバンは、ヤコブと契約を結ぶことを提案し、記念の石を立て、また、石塚を築かせてから、ハランの地へと戻って行きます。(31章22~32章1節)

 カナンを目前にしたヤコブの前に、神の御使いの2つの陣営が姿を現わします。ヤコブは、再会に備えてエサウへ使いを派遣しますが、400人の供を連れてエサウがこちらに向かっていると聞いて怖れおののき、主に救いを求めて祈ります。ヤコブは、おびただしい数の家畜を9つのグループに分け、エサウへの贈り物として先に送り出し、家族にヤボクの渡しを渡らせます。その晩、何者かがヤコブのもとを訪れて夜明けまで格闘しますが、ヤコブを負かすことが出来ず、ヤコブにイスラエルと改名するように命じ、祝福を与えて立ち去ります。(32章2~33節)

 

 それでは、本日の箇所に入っていきたいと思います。

 

 1ヤコブが目を上げると、エサウが四百人の者を引き連れて来るのが見えた。ヤコブは子供たちをそれぞれ、レアとラケルと二人の側女とに分け、2側女とその子供たちを前に、レアとその子供たちをその後に、ラケルとヨセフを最後に置いた。3ヤコブはそれから、先頭に進み出て、兄のもとに着くまでに七度地にひれ伏した。4エサウは走って来てヤコブを迎え、抱き締め、首を抱えて口づけし、共に泣いた。

 5やがて、エサウは顔を上げ、女たちや子供たちを見回して尋ねた。「一緒にいるこの人々は誰なのか。」「あなたの僕であるわたしに、神が恵んでくださった子供たちです。」ヤコブが答えると、6側女たちが子供たちと共に進み出てひれ伏し、7次に、レアが子供たちと共に進み出てひれ伏し、最後に、ヨセフとラケルが進み出てひれ伏した。

 8エサウは尋ねた。

「今、わたしが出会ったあの多くの家畜は何のつもりか。」

 ヤコブが、「御主人様の好意を得るためです」と答えると、9エサウは言った。

「弟よ、わたしのところには何でも十分ある。お前のものはお前が持っていなさい。」

 10ヤコブは言った。

「いいえ。もし御好意をいただけるのであれば、どうぞ贈り物をお受け取りください。兄上のお顔は、わたしには神の御顔のように見えます。このわたしを温かく迎えてくださったのですから。11どうか、持参しました贈り物をお納めください。神がわたしに恵みをお与えになったので、わたしは何でも持っていますから。」

 ヤコブがしきりに勧めたので、エサウは受け取った。

(33章1~11節)

 

 ヤコブが故郷カナンを去らなければならなくなったのは、兄エサウの長子権を奪い、また、長子の受けるべき祝福を奪ってしまったからでした。カナンに戻るということは、かつて自分が欺いたエサウと再会することを意味します。

 第18回のレポートで二人の性格を取り上げ、「同時に母の胎から生まれ出た二人は、対照的な人間に成長していきます。狩人と牧羊者は生活習慣が異なり、求められる資質も異なりますので、エサウとヤコブの違いは、行動派対思索派、大胆な人対慎重な人といった違いとなって表われていきます。こうした違いは、えてして衝突の種となりやすいものです。」と指摘しましたが、二人の性格の違いは、長い年月の経過とともに各々の行動にもはっきりとした違いを生じさせます。いつでも攻撃できるよう、直ちに400人の供を引き連れてセイルを出発したエサウと、ありとあらゆる智恵を巡らして和解への交渉を準備するヤコブには、行動派対思索派、大胆な人対慎重な人の違いが見て取れるというように。

 「ヤコブ」という名前は、イスラエルでは詐欺師やならず者と同義語として使われる程、ヤコブは、人を欺き、騙すことが習い性となっている人物ですが、そうした悪党ではあっても、彼は武力に訴えることはありません。故郷の地カナンを立ち去ったのもエサウとの衝突を怖れてのことでしたし、叔父ラバンとの対立においても最後まで武力に訴えることはありませんでした。彼は、神と格闘して打ち負かされなかったほどの怪力の持ち主でありながらも、常に平和の内に問題を解決するという前提に立って行動していたのです。32章でエサウの機嫌を取るための姑息な策を弄したのも、平和の内に和解したいという思いから出たものと理解できます。こうした観点からは、両者は、武闘派対和平派の違いがあるとも言えます。

 遡って考えてみれば、父祖アブラハムも武力による紛争を引き起こしませんでした。ロトには、土地を選択する権利を譲ってしまい(13章)、サラを葬る洞穴は、相手の言い値で購入しています(23章)。イサクに至っては、井戸を奪われながらも次々に掘り続け、とうとう争いが生じなくなるまで掘り続けたと聖書には記されています(26章)。このように、土地を与えるという約束を神から受けながらも、武力でそれを自分のものにしようとはせずに、平和の内に暮らしていた父祖たちを思う時、ヤコブは、その系譜を受け継ぐ者としてふさわしい姿を示していると言えます。

 では、自ら罪を犯して紛争の種を撒いた者が、平和を回復するにはどうしたら良いのでしょうか?32章から33章にかけての物語は、こうした和解-平和の回復-という観点から読み解くことができると思われます。

 

 さて、おびただしい家畜をエサウへの贈り物として送り出したヤコブは、ペヌエルでの格闘の際に痛めた足を引きずりながら歩いておりました。遥か彼方にエサウの一隊が姿を現わすと、すぐに家族をグループ分けし、側女とその子供→レアとその子供→ラケルとヨセフの順に配置しました。実際に戦闘が始まってしまえば危険度に大差はないのでしょうが、側女とその子供たちが最も危険であり、ラケルとヨセフが一番安全な位置にいることになります。ヤコブが、自分の妻や子供たちにこうした序列を付けていたことが分かります。同じ正妻でありながらもレアとラケルに差を付けた点で、ラケルとヨセフを偏愛していたとも言えます。

 しかし、ヤコブは、自ら先頭に立ってエサウの前に進み出て、最も危険な位置に身を晒します。それまでは集団の最後尾にいた彼が先頭に進み出て来たことには、ペヌエルでの神との格闘の経験が影響しているのかもしれません。

 ヤコブは、エサウのもとに着くまでに7度も地にひれ伏しますが、これは当時の習慣としては臣従の礼を尽くす作法であり、臣下が王にささげるべき行為とされていました。こうすることによって、ヤコブはエサウの弟ではなく、王に仕える臣下の立場に身をおとしめて見せたのです。ここには兄弟らしい親密さは微塵も表われていませんが、かつてヤコブがエサウにした仕打ちを考えれば当然のことです。

 ここで、ヤコブの想像を絶するような劇的なシーンが展開します。弟ヤコブに長子権と長子の受けるべき祝福を奪われた、いわば詐欺事件の被害者である兄エサウが、「走って来てヤコブを迎え,抱き締め、首を抱えて口づけし、共に泣いた」(4節)のです。ここに和解のクライマックスがあります。先頭に立つヤコブのへりくだった態度によってエサウの警戒心や不安が解かれ、これまでの長い間の厚い壁が一挙に崩れたことによる喜びが両者の抱擁をもたらしたのでしょうが、これは、エサウにとってもヤコブにとっても、必ずしも予期していなかった結末ではないかと思われます。

 やがてエサウは、ヤコブの周囲にいる家族を尋ね、また、次々に送られてくる家畜について尋ねます。家畜を受け取ることを渋るエサウに対して、ヤコブは「兄上のお顔は、わたしには神の御顔のように見えます。」と言って家畜を贈り物として受け取ることを勧め、エサウも最後には受け取ります。

 この和解の場面、エサウとヤコブが抱擁しあう場面からは、一つの連想が働きます。連想は千年以上の時の流れを飛び越え、イエスの時代へと我々を誘ってくれます。ここでは連想の翼に乗って、新約の時代に旅してみることにしましょう。

 さて、徴税人や罪人たちがイエスの話を聞こうとしてイエスのもとに近寄ってきた時、ファリサイ派の人々や律法学者たちは、「この人は、罪人たちを迎えて食事まで一緒にしている」と不平を言い始めました。そこで、イエスは幾多のたとえ話をして、彼らが誤っていることを示します。「見失った羊」のたとえ、「無くした銀貨」のたとえに続いて、「放蕩息子」のたとえが語られる場面です。

 

 ある人に息子が二人いた。弟の方が父親に、「お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください」と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使いしてしまった。何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。そこで、彼は我に返って言った。「父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう。『お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください』と。」そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。息子は言った。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません。」しかし、父親は僕たちに言った。「急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ。」そして、祝宴を始めた。

(ルカによる福音書15章11~24節)

 

 父からせびった金を放蕩三昧の生活で使い果たし、日々の生活にも困るようになった息子が戻ってきたとき、父は、「息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻」しました。ここに示されている父の姿は、「走って来てヤコブを迎え、抱き締め、首を抱えて口づけし、共に泣いた」エサウの姿を彷彿とさせます。「放蕩息子」のたとえを語ったときにイエスがイメージしたのは、ヤコブを迎えたときのエサウの姿であったのかもしれません。そうだとすれば、ヤコブを迎え入れたエサウは、父なる神の愛を体現していることになります。

 実際、ヤコブは、33章10節で「兄上のお顔は、わたしには神の御顔のように見えます。」と言い、エサウの姿のうちに神の御姿を見ているのですが、32章からの一連の物語は、ペヌエルが「神の顔」という意味であることからも明らかな様に、この「顔」という言葉によって結び付きを与えられています。

 

 ヤコブを許し、気持ち良く受け入れたエサウの顔には、ペヌエルで祝福を与えた神の何かがあったのです。どういった点でエサウの顔が神の顔に似ていたのかは全く見当もつきませんが、単なるへつらいの言葉として聞き流すべき箇所ではありません。

 

 

 さて、エサウが父なら、ヤコブは放蕩息子となり、神に選ばれた筈のヤコブが選びから外れたエサウによって父なる神の愛を示されるという、逆転の構図が33章には描かれていることになります。こうした関係は、神による選びとは何かという問題を私たちに突きつけずにはいられません。

 父なる神の愛を体現するエサウが選びから外れ、そうしたエサウを騙して長子権を奪ってしまったヤコブが神に選ばれているということは、まことに皮肉なことのように思われます。神は、詐欺師のような者を選んで、純真、純粋な者を選ばず、執念深い者を選んで、寛容な者を選ばず、イスラエルを選んで、周辺の他の全ての民族を選びませんでした。こうした点を鑑みれば、神に選ばれたのは、その者に価値があるからだとは思われません。今日、神が私たちを選んで、私たちよりもはるかに善良で立派な人々を選ばなかったということも、選びの不可思議さ、更に言えば、選びの皮肉と言えるでしょう。

 さて、私たちは、エサウとヤコブの和解の場面から連想される新約聖書の言葉としてもう一箇所、ヨハネによる第一の手紙を挙げることができます。

 

 わたしたちが愛するのは、神がまずわたしたちを愛してくださったからです。「神を愛している」と言いながら兄弟を憎む者がいれば、それは偽り者です。目に見える兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することができません。神を愛する人は、兄弟をも愛すべきです。これが神から受けた掟です。           

(ヨハネによる第一の手紙4章19~21節)

 

 ヨハネによる第一の手紙には、32章のペヌエルでの格闘-神との和解-の後に、エサウとの再会-人との和解-が描かれていることの理由が示されています。ヤコブは、エサウを騙し、エサウに対して罪を犯しましたが、罪は神に対する離反の表われであり、その意味において神との和解が必要でした。ペヌエルにおいて神との和解が成立した後に、ヤコブが自ら進んでエサウの前に進み出たのは、「わたしたちが愛するのは、神がまずわたしたちを愛してくださったからです。」というヨハネの第一の手紙の言葉を身をもって表わしていると言えるでしょう。私たち人間と人間の関係(水平の関係)に和解と平和をもたらす源となるのは、私たちと神との関係(垂直の関係)だということが、既に創世記の中で示されているのはまことに興味深いことです。

 神と人との垂直の関係が源となり先行するということから、エサウとヤコブの和解の根底にあるのは、ヤコブの智恵やエサウの善良さではなく、神の御業によるものであることが分かります。

 

 12それからエサウは言った。「さあ、一緒に出かけよう。わたしが先導するから。」

 13「御主人様。ご存じのように、子供たちはか弱く、わたしも羊や牛の子に乳を飲ませる世話をしなければなりません。群れは、一日でも無理に追い立てるとみな死んでしまいます。14どうか御主人様、僕におかまいなく先にお進みください。わたしは、ここにいる家畜や子供たちの歩みに合わせてゆっくり進み、セイルの御主人様のもとへ参りましょう。」

 ヤコブがこう答えたので、15エサウは言った。

 「では、わたしが連れている者を何人か、お前のところに残しておくことにしよう。」

 「いいえ。それには及びません。御好意だけで十分です」と答えたので、16エサウは、その日セイルへの道を帰って行った。17ヤコブはスコトへ行き、自分の家を建て、家畜の小屋を作った。そこで、その場所の名はスコト(小屋)と呼ばれている。             

(33章12~17節)

 

 劇的な和解が成立した後、エサウは、ヤコブを自分の住まいのあるセイルに誘おうとします。ながい間のわだかまりが解けたのだから、かつてのように兄弟仲良く一緒に生活しようということなのでしょう。

 しかし、ヤコブは、この申し出を断わってしまいます。断わる理由としては、子どもや家畜の群を考慮してゆっくり進まなければならないことを挙げていますが、最初からセイルに向かう気持ちがないことは明らかです。エサウとは同じ場所では暮らしたくないという結論が先にあって、理由はその場凌ぎに述べたに過ぎません。

 エサウは、更に、「連れの者を何人か残しておこう」と言いますが、ヤコブはこれも丁重に断わり、結局、エサウは、ヤコブを残したままセイルの地へと戻って行きます。

 ここでヤコブがエサウの申し出をことごとく断わったのは、エサウに対する警戒心があったためだと思われます。勿論、エサウが気持ち良くヤコブを許し、受け入れてくれたことは嬉しいことでしたし、そのことについては充分に感謝していただろうと思います。けれども、一時的な喜びと、将来に渡って一緒に生活できるということとは別の問題です。二人の性格や生活の仕方の違い、そして、最終的には、「先祖の地へ帰れ」という神の言葉を決め手として、ヤコブはエサウとセイルに行くことを良しとはしなかったのです。「一緒にいれば、いずれは衝突するかもしれない。」という、そんな不安もあったことでしょう。

 ですから、ヤコブにとって最も歓迎すべき解決案は、和解した上で、エサウには自分の邪魔にならないところに行ってもらうということでした。その代償として、これまで彼が営々として築いてきた財産(家畜)の多くを差し出しましたが、一人の犠牲者を出すことなく自分の希望が叶った訳ですから、ヤコブはどんなにか嬉しかったに違いありません。どこまでも素朴な好意を示そうとするエサウに対し、ヤコブは、諸々の要素を考慮に入れながら冷静な判断を下していきます。

 エサウがセイルに向かうのを確認してから、ヤコブは、セイルとは反対方向のスコトに向かい、そこに家を建て、家畜の小屋を作ります。スコトの場所は、はっきりとはしませんが、ヨルダン川の東で、ヨルダン川とヤボク川とに挟まれた辺りにあったとされています。族長たちが家を建てたという記述は、このスコトで初めて登場しますが、多分、長期間スコトに滞在するつもりで建てたのでしょう。「わたしは、ここにいる家畜や子供たちの歩みに合わせてゆっくり進み、セイルの御主人様のもとへ参りましょう」というエサウへの言葉が、その場しのぎの外交辞令、悪い言葉でいえば、嘘であったことは、スコトに家を建てたことからも窺われます。エサウがセイルに向かうのを確認した後、ヤコブがほっとため息をつきながらも小躍りして喜び、踵を返してスコトに向かったというのは、意地悪な想像でしょうか?

 確かに、ヤコブの行動には「平和を守る」という前提があり、また、神の言葉に促されてはいましたが、自分の思いを実現するためには言葉巧みに相手を騙すことをも厭わない側面があり、その言葉には質の悪い政治家を思わせるものがあります。

 

<結  語>

 本日は、創世記33章を取り上げ、エサウとヤコブの和解の場面について学びました。

 ヤコブは、アブラハム、イサクの系譜を受け継ぐ者にふさわしく、武力によってエサウとの関係を解決しようとはしませんでした。彼は、あらゆる手段を弄しつつ、平和な解決を実現することに全力を傾けます。そして、兄弟でありながらも、王と臣下の関係を示すかのような礼を尽くしてエサウの前に進み出ます。

 そうしたヤコブの姿を見た時、エサウからは、それまで抱いていた不安や警戒心が消え去り、彼は、「走って来てヤコブを迎え,抱き締め、首を抱えて口づけし、共に泣」きました。その姿は、「放蕩息子のたとえ」に登場する父親の姿を彷彿とさせます。選びからもれたエサウが、神に選ばれたヤコブに神を感じさせるとは皮肉なことですが、ヤコブは、ペヌエルで神から受けた祝福を、こうしたエサウとの和解の中で実感したに違いありません。エサウとヤコブの和解をもたらしたのは、決してエサウの善良さでも、ヤコブの智恵でもなく、神ご自身でありました。

 その後、エサウは、ヤコブをセイルの地へと誘いますが、ヤコブは「ゆっくり参ります」と丁重にこれを断わり、スコトに家を建てて暮らし始めます。和解の喜びに涙しながらも、ヤコブの心は、冷静にエサウとの間合いをはかっていたのです。

 

<今回の参考書>

 

「創世記」(関根正雄訳 岩波文庫)/「創世記」(月本昭男訳 岩波書店)/「ヘブライ語聖書対訳シリーズ 創世記Ⅱ」(ミルトス)/「創世記講義」(政池仁著 聖書の日本社)/「現代聖書注解 創世記」(ブルッグマン著 日本基督教団出版局)/「ケンブリッジ旧約聖書注解 創世記」(デヴィッドソン著 新教出版社)/「新聖書注解 旧約Ⅰ」(いのちのことば社)