旧約聖書の旅「創世記」第29回「ディナの物語」(小山哲司)

「ディナの物語」 旧約聖書の旅29

2000.10.1 小山 哲司

 前回のレポートでは創世記33章1節~17節を取り上げ、エサウとヤコブの和解の場面について学びました。本日は33章18節~34章31節を取り上げますが、その前にこれまで学んできたことを振り返っておきたいと思います。

 アブラムは、神の言葉に促されてカルデアのウル、そしてハランを後にしました。神は、アブラムの子孫が繁栄して約束の地を受け継ぐと語りかけますが、寄留したエジプトで、妻サライは宮廷に召し入れられてしまいました。神の介入によってサライを取り戻したアブラムは、エジプトからカナンの地へと戻ります。(創世記12章)

 ベテルとアイの間の所までやってくると、アブラムとロトの牧童たちの間に遊牧地を巡る争いが持ち上がってきます。アブラムは、土地を選択する権利をロトに譲ってしまいます。(13章)

 その後、東方の王たちがカナンを侵略し、ソドムの王たちを撃破してロトを奪い去りますが、アブラムの追撃に破れます。(14章)

 幻の中で「あなたの受ける報いは非常に大きい」という主の言葉がアブラムに臨み、アブラムは自分の子孫が増えることを信じます。やがて、煙をはいた炉と燃えた松明が引き裂かれた動物の間を通りますが、これは神とアブラムとの契約のしるしでした。(15章)

 懐妊する兆しのないサライは、女奴隷ハガルによって母となろうと企てます。ハガルは、サライの仕打ちに耐え兼ねて、また、子供を自分の子としたいと願って逃亡しますが、主にサライのもとに戻るように示され、誕生する子供(イシュマエル)が繁栄するという約束を受けます。(16章)

 イシュマエルの誕生から13年後、主なる神は再びアブラハムに現われます。主は契約を繰り返し、アブラハムと改名するように、また、一族の男子はすべて割礼を受けるようにと命じ、それに続いて、イサクの誕生を予告します。アブラハムは、サラが子供を生むという主の言葉を笑いますが、主は1年後にはイサクが誕生し、それが神が契約を結ぶべきアブラハムの子孫であると宣言します。主の言葉を受け、アブラハムはその日のうちに一族の男子すべてに割礼を施します。(17章)

 イサクの誕生を予告した神は、旅人の姿をとって天幕を訪れ、来年の今ごろサラに男の子が誕生すると予告しますが、サラはそれを笑います。

 神の一行は、見送るアブラハムにソドムを滅ぼすことを示します。アブラハムは、少しでも正しい者がいれば滅ぼさないで欲しいと懇願し、「10人の正しい者がいれば滅ぼさない」という神の約束を取り付けます。ここには、罪なき者には罪ある者を救う力があるという思想が表われており、神とアブラハムとの交渉は緊迫したドラマを展開します。(18章)

 ソドムの町に入った二人の御使いは、ロトの家に招き入れられます。御使いから神がソドムを滅ぼすと聞かされたロトは、御使いに手を取られて妻と二人の娘と一緒に町の外へと連れ出されます。山へ逃げよという神の命に背いてロトはツォアルに逃げ、やがて山の中の洞穴に移り住みます。結婚相手のいない二人の娘は、父親であるロトによって子を得ます。(19章)

 アブラハムは、サラを妹と偽ったお陰で、ゲラルの王アビメレクによってサラを召し入れられてしまいます。アビメレクは夢に現われた神に「召し入れた女の故にお前は死ぬ。・・・もし返さなかったら、あなたもあなたの家来も皆、必ず死ぬ」と命じられ、翌朝、アブラハムを呼びつけます。アブラハムは「サラは実際に妹でもあるのです」と苦しい弁明をしますが、異教の王によって倫理的な過ちを糾弾されたのは屈辱的な経験だった筈です。アブラハム自身に価値はなくとも、神の一方的な恩恵によって諸国民に生命を与える器として選ばれたといえるでしょう。(20章)

 主なる神が約束された時期にサラに男子が誕生し、イサクと名付けられました。やがて、サラはハガルとイシュマエルの追放を求めます。アブラハムは水と食料を持たせて二人を送り出しますが、間もなく水が尽き、ハガルはイシュマエルの死を覚悟します。しかし、神の御使いが現われて「わたしはかならずあの子を大きな国民とする」と言い、ハガルは井戸を発見します。旧約の神はイサクを約束の子として選んだ「選び」の神でありますが、選びの外側にいる者に対しても恵み豊かな神でした。(21章)

 神はアブラハムを試みようと「イサクを燔祭の犠牲として献げよ」と命じます。アブラハムは、イサクを連れてモリヤの地へと向かいますが、薪を背負ってモリヤの地へと歩むイサクの姿は、十字架を背負ってゴルゴダの丘に向かうイエスの姿を彷彿とさせます。正にイサクを屠ろうとした時、神はイサクの身代わりとなる雄羊を示されます。この後、アブラハムは主役の座をイサクに譲り、旧約の舞台から静かに退場していくのです。(22章)

 サラは127年の生涯を全うしてヘブロンの地で亡くなり、アブラハムは墓地を求めてヘト人エフロンからマクペラの洞窟と畑を購入します。その代価は驚くほど高額なものでしたが、アブラハムは言い値の通りに代金を支払います。武力で占拠できたであろうアブラハムが、平和的な手段で土地を購入した点に、彼の成熟した信仰と人柄を見ることが出来ます。(23章)

 アブラハムは、イサクに妻を迎えようと僕をナホルの町に遣わします。僕は、ナホルの町外れの井戸で親切な娘リベカと出会い、彼女がイサクの妻となるべき女性であると確信します。リベカは、僕の申し出を受け入れてカナンへと旅立ちますが、ここには、自立した女性としてのリベカの姿が表われています。(24章)

 アブラハムにはケトラを通しても多くの子孫が誕生しましたが、その子孫の名前は周辺種族の名前と一致し、また、ハガルから誕生したイシュマエルの子孫の名前も周辺種族の名前と一致します。これは、イスラエルと周辺の種族との関係の深さを示すものです。一方、イサクを通して誕生したエサウとヤコブの兄弟は性格が異なり、ヤコブは、エサウの長子権を一杯のレンズ豆の煮物と引き換えに奪ってしまいます。(25章)

 飢饉を避けるためエジプトに下ろうとしたイサクに神の言葉が臨み、主がアブラハムと結ばれた契約がイサクと更新されました。イサクはリベカを妹だと偽りますが、王アビメレクに夫婦であることを気付かれてしまいます。富み栄えたイサクはアビメレクによって追い出され、ゲラルの谷に移動しますが、そこでは井戸を巡る争いが生じます。争うことなく次々に井戸を掘り当てるイサクをアビメレクが訪れ、二人は契約を結びます。(26章)

 臨終の床に就いたイサクは、長子の祝福を与えようとエサウを呼びます。イサクは、祝福の前に料理を食べたいと言い、エサウは獲物を獲りに出かけます。リベカにそそのかされたヤコブは、声色を真似、毛皮を腕に巻き付けてイサクを騙し、エサウの受けるべき祝福を受けます。その直後にやってきたエサウは、悲痛な声をあげて祝福を求めますが、イサクが彼に与えたのは、祝福という言葉からはほど遠いものでした。(27章1~40節)

 エサウの怒りから逃れるため、そして、叔父ラバンの娘の中から結婚相手を選ぶために、ヤコブはハランに向けて旅立ちます。旅の途中で、彼は天から下る階段を天使が昇り降りする夢を見ます。夢に現れた主は、アブラハム、イサクと結んだ約束をヤコブと更新し、何処に行こうともヤコブと共にいると語りかけます。夢から覚めたヤコブは、枕石を記念碑として立て、その地をベテル(神の家)と名付けます。(27章41~28章22節)

 ヤコブは、ハラン近くの井戸でラケルと出会います。1ヵ月後、ラバンに労働の報酬を尋ねられたヤコブは、ラケルを妻とするために7年間働くと申し出ますが、ラバンによってレアとの結婚を余儀なくされ、ラケルを妻とするためには14年間も働かなければならなくなります。無理やり結婚させられてしまったレアから、イスラエルの祭司職につながるレビ、そして、ダビデ王からキリストにつながるユダが生まれます。(29章1~30節)

 レアから男子が誕生するのを見て、ラケルは召使ビルハによって母になろうと企てます。レアも召使ジルパによって子を得ます。やがて、二人は恋なすびを巡って取り引きをし、レアがヤコブと寝る権利を得て男子を生みます。不妊であったラケルも、最後には神の顧みによってヨセフを生みます。(29章31節~30章24節)

 ラケルとの結婚に必要な7年の労働が終わった頃、ヤコブは、「妻子と共に故郷に帰らせて欲しい」とラバンに求めます。ラバンは、ヤコブに報酬を示すように言いますが、ヤコブが求めたのはぶちやまだらの山羊、黒みがかった羊であり、とるに足りないものでした。ラバンの警戒をよそに、ヤコブは黒い山羊、白い羊から呪術的な方法でぶちやまだらの山羊、そして黒みがかった羊を増やしていきます。(30章25~43節)

 ラバンとその息子たちは、ヤコブを中傷するようになり、彼に対する態度も変わっていきました。その時、故郷に帰れという主の言葉がヤコブに臨み、彼はラケルとレアに帰郷の計画を打ち明けます。二人が彼の計画に賛成したことを受けて、ヤコブは、ラバンたちが忙しい時期を見計らい、全財産を携え、家族を引き連れてカナンへと出発します。(31章1~22節)

 ハランから旅立ったヤコブは、ギレアドの山中でラバンに追い付かれます。武力による衝突は、神の介入によって回避され、ラバンとヤコブの言葉による応酬が行われます。「非難するな」との神の命令にも関わらず、ラバンはヤコブを非難してテラフィムを探し出そうとしますが、ラケルの狡智によって見つけ出すことが出来ません。ヤコブはその機に乗じて一気に優位に立ち、逆にラバンを非難します。ラバンは、ヤコブと契約を結ぶことを提案し、記念の石を立て、また、石塚を築かせてから、ハランの地へと戻って行きます。(31章22~32章1節)

 カナンを目前にしたヤコブの前に、神の御使いの2つの陣営が姿を現わします。ヤコブは、再会に備えてエサウへ使いを派遣しますが、400人の供を連れてエサウがこちらに向かっていると聞いて怖れおののき、主に救いを求めて祈ります。ヤコブは、おびただしい数の家畜を9つのグループに分け、エサウへの贈り物として先に送り出し、家族にヤボクの渡しを渡らせます。その晩、何者かがヤコブのもとを訪れて夜明けまで格闘しますが、ヤコブを負かすことが出来ず、ヤコブにイスラエルと改名するように命じ、祝福を与えて立ち去ります。(32章2~33節)

 ヤコブは、エサウとの和解を実現することに全力を傾け、王と臣下の関係を示すかのような礼を尽くしてエサウの前に進み出ました。その姿を見た時、エサウからは、それまで抱いていた不安や警戒心が消え去り、彼は、「走って来てヤコブを迎え,抱き締め、首を抱えて口づけし、共に泣」きました。その姿は、「放蕩息子のたとえ」に登場する父親の姿を彷彿とさせます。選びからもれたエサウが、神に選ばれたヤコブに神を感じさせるとは皮肉なことですが、ヤコブは、ペヌエルで神から受けた祝福を、こうしたエサウとの和解の中で実感したに違いありません。

 その後、エサウは、ヤコブをセイルの地へと誘いますが、ヤコブは丁重にこれを断わり、スコトに家を建てて暮らし始めます。和解の喜びに涙しながらも、ヤコブの心は、冷静にエサウとの間合いをはかっていたのです。(33章1~17節)

 

 それでは、本日の箇所に入っていきたいと思います。

 

 18ヤコブはこうして、パダン・アラムから無事にカナン地方にあるシケムの町に着き、町のそばに宿営した。19ヤコブは、天幕を張った土地の一部を、シケムの父ハモルの息子たちから百ケシタで買い取り、20そこに祭壇を建てて、それをエル・エロヘ・イスラエルと呼んだ。

                       (33章18~20節)

                       

 エサウと別れた後、ヤコブはスコトに家を築いて数年を過ごします。エサウの住むセイル地方を訪ねるという約束は、結局、実行されずに終わりました。単なる外交辞令だったようです。

 スコトで暮らしたのは、10年前後であったと思われます。ディナの物語にヤコブの子どもたちが成人として登場することから、10年ほどの年月をスコトで過ごしたと思われるのです。

 それから、ヤコブはやっとヨルダン川を越えてカナンの地へと入ります。

 ヤコブは定住志向が強いのか、族長として初めてスコトに「家」を建築しましたが、シケムの町のそばにも土地を購入し、そこに祭壇を築きます。ヤコブが土地を購入したのは、約束の地に戻ってきたことを記念するという意味もあったでしょうが、当時のシケムが交易上の重要な拠点であったため、そこを活動の拠点として利益をあげたかったからだと思われます。

 ヤコブは、購入した土地に祭壇を築き、エル・エロヘ・イスラエルと呼びました。エル・エロヘ・イスラエルとは、「神はイスラエルの神」という意味です。自らの新しい名であるイスラエルをそこに含ませることによって、ペヌエル以来の彼の信仰を告白していると考えることが出来ます。

 しかし、ヤコブの霊的な体験の出発点はベテルでした。そこで、天から降る階段を天使が昇り降りしている幻を見、神の言葉を聞いたのです。ヤコブが祭壇を築くにふさわしい地は、やはりベテルでした。来月取り上げる35章では、ベテルに行けという具体的な神の言葉がヤコブに臨みます。

 

 神はヤコブに言われた。「さあ、ベテルに上り、そこに住みなさい。そしてその地に、あなたが兄エサウを避けて逃げて行ったとき、あなたに現れた神のための祭壇を造りなさい。」(35章1節)

 

 もし、ヤコブが最初からベテルに移住していたら、これからお話しするディナの物語は起こらなかったのかもしれません。

 

 1あるとき、レアとヤコブとの間に生まれた娘のディナが土地の娘たちに会いに出かけたが、2その土地の首長であるヒビ人ハモルの息子シケムが彼女を見かけて捕らえ、共に寝て辱めた。3シケムはヤコブの娘ディナに心を奪われ、この若い娘を愛し、言い寄った。4更にシケムは、父ハモルに言った。

「どうか、この娘と結婚させてください。」(34章1~4節)

 

 ディナは、この当時13~15歳だったと思われます。

 レアには、ヤコブとの間に7人の子どもが生まれましたが、ディナはその7番目の末娘として生まれました。ヤコブがレアと結婚したのがラバンの下で働くようになってから8年目のことでしたから、レアが毎年子どもを産み続けたとしてもハランに到着してから15年目のこと。しばらく子どもを産まなかった時期もありましたので、もう少し遅くに産まれた筈です。ヤコブは20年目にハランを去りますので、その当時、ディナは2~3歳の幼児でした。それが結婚してもおかしくない、一人前の女性に成長するだけの時の経過があった訳です。

 ディナの物語は、彼女が、土地の娘たちに会いに出かけたところから始まります。

 この時の状況について、カイパーは、「聖書の女性 旧約篇」(新教出版社)の中で、次のように描いて見せます。

 

「ことの起こりは、わたしたちのいわゆるちょっとした『いたずら心』にほかならなかった。デナは信仰の家庭に人となった。が、彼女は外の世界はどんなであろうかと、ふとした好奇心をいだき、世間の風に少し吹かれてみたいという気を起こしたのであった。

 その時、彼女の父の天幕はシケムの町の近郊に張られていた。ヤコブはこの小さな町との接触を全く避けていた。けれどもデナはときおり、町の方をちらちらとうかがい見ずにはいられなかった。シケムの町の娘たちが城壁の外をきらびやかなオリエントのよそおいに身をこらして歩き回っている光景が、しばしば彼女の目にうつった。そういうおりおり、デナの心のうちにはあの娘たちと付き合って見たいというひそかなあこがれが次第に大きくなっていった。そして、とうとうある日、兄たちが遠くで家畜の世話に忙しく、彼女が天幕に父と二人きり残っていた時、デナはこっそり天幕を出て、『その国の娘たちを見よう』とシケムの町まで遠出をしたのであった。

 もちろんデナは、自分がどんな危険に身をさらしているか、百も承知していた。たとえば彼女はアビメレクやパロに関連して、リベカやサラにどんなことが起こったかを知っていた。知っていながら一人で出かけるとは!しかもまだ若い身空で!しかし、何を心配することがあろう?デナは自分が向こう見ずな娘だということを自慢に思っていた。彼女は抜け目のないすばしこい小娘であった。どんな目に遭おうと、何とか切り抜けることが出来るに違いない!」      (「旧約聖書の女性 旧約篇」P60~61)

 

 カイパーは、ディナの好奇心が禍の源であったとして物語の組み立てて見せますが、ディナに対する評価は、矢内原先生の場合には更に厳しくなります。

 

「事の起りはデナの慎みなき行動であつた。年若き娘は父兄の監督の下に慎みある生活を為すべきである。然るにデナは不知の地にありて、他の種族の婦女たちを見たいという好奇心に駆られ、父の天幕を離れて一人歩きに出て行った。シケムの為に辱めらるべき隙は、彼女の好奇心と虚栄心との中にあったのである。今日でも如何に多くの青年男女が同様の好奇心に駆られて、此の世の婦女たちを見ようとしてふらふら出かけ、その為に己が品性を汚されて、此の世の虜となることか。若き者が此の世の人の服装や娯楽や思想や生活等、外なる物に誘われて一人歩きに出かける事は、ただに己が身を破滅せしめるのみでなく、社会に争闘・滅亡を来たらしめる原因となるのである。」(「聖書講義Ⅴ 創世記」矢内原忠雄著 岩波書店 P184)

 

 カイパーと矢内原先生とは、ディナの物語の発端について、同じ様な状況を想定しているように思われます。ディナは、自分の好奇心に駆られて慎みを忘れ、己の身に禍を招いたのです。

 考えてみれば、ディナは、ヤコブの娘です。ヤコブは、兄エサウの怒りを避けるためにベエル・シェバを後にしましたが、もう一つの目的は、ラバンの娘と結婚することでした。いわば、異国の娘に会うために、たった一人ではるばるハランまで旅をしたのです。そういうヤコブの娘ですから、その土地の娘を見るために、一人で町に入ることなど、雑作もないことであったに違いありません。ディナもそうですが、ヤコブの子どもたちは、ヤコブの性質を宿しているように思われます。

 シケムの町に入ったディナは、その土地の首長であるハモルの息子のシケムの目に留まり、捕えられて犯され、辱めを受ける羽目に陥りました。シケムは土地の有力者の息子ですから、遊牧民の娘に乱暴しても、特にそれが悪いことだという自覚はなかったのかもしれません。

 ディナの物語は、まことに血生臭さく、凄惨な物語ですが、唯一麗しい場面があるとすれば、シケムがディナのことを真剣に愛し、結婚を決意する場面だと思われます。

 シケムは、ディナを弄んだ後、彼女を捨ててしまわずに、言い寄ります。ここで「言い寄る」と訳されているヘブライ語の原意は、「~の心に語る」という意味で、シケムがディナを真剣に愛していることを示しています。月本訳が端的にそれを表わしています。

 

 彼の心はヤコブの娘ディナに惹かれ、この若い娘を愛し、彼女に優しく語りかけるようになった。(月本訳 34章3節)

 

 最初は乱暴な態度をとったシケムが、ディナと接するにつれて優しい態度に変わり、最後には結婚を決意するに至った訳です。シケムに対するディナの気持ちは書かれておりませんが、自分を愛し、優しく語りかけてくれるシケムを、次第に愛するようになっていったのではないかと思われます。

 さて、ここでは、ディナとシケムの個人的な関係が描かれておりますが、ヤコブの一族がカナンへの定住の度合を強めて行けば、当然ながら、その土地の人々との関係を深めて行くことになります。土地の人々と結婚し、その土地の文化に飲み込まれて独自性を失っていくことは、当然に予想されることです。ヤコブは、大勢の家族(子ども)を抱え、カナンに定住することによって、定住生活の中で、どのようにして自分たちの独自性を保って行けるかという、新しい問題に直面したと言えるのです。

 

 5ヤコブは、娘のディナが汚されたことを聞いたが、息子たちは家畜を連れて野に出ていたので、彼らが帰るまで黙っていた。6シケムの父ハモルがヤコブと話し合うためにやって来たとき、7ヤコブの息子たちが野から帰って来てこの事を聞き、皆、互いに嘆き、また激しく憤った。シケムがヤコブの娘と寝て、イスラエルに対して恥ずべきことを行ったからである。それはしてはならないことであった。8ハモルは彼らと話した。

 「息子のシケムは、あなたがたの娘さんを恋い慕っています。どうか、娘さんを息子の嫁にしてください。9お互いに姻戚関係を結び、あなたがたの娘さんたちをわたしどもにくださり、わたしどもの娘を嫁にしてくださいませんか。10そして、わたしどもと一緒に住んでください。あなたがたのための土地も十分あります。どうか、ここに移り住んで、自由に使ってください。」

 11シケムも、ディナの父や兄弟たちに言った。「ぜひとも、よろしくお願いします。お申し出があれば何でも差し上げます。12どんなに高い結納金でも贈り物でも、お望みどおりに差し上げます。ですから、ぜひあの方をわたしの妻にください。」              (34章5~12節)

 

 ディナの物語で、中心的な役割を担うのは、ヤコブではなく、ヤコブの息子たちです。ヤコブは、ディナの身に起きた禍を耳にしても沈黙を守り、自ら行動をしようとはしませんでした。族長としてのリーダーシップは、全くと言って良いほど示されておりません。ディナのことを嘆き、憤ったのは、ヤコブの息子たちであり、ハモルとの交渉の矢面に立つのも彼ら、特に、ディナと同じくレアから生まれたシメオンとレビでした。

 ところで、妹の問題に付いて、父親ではなく、同じ母親から生まれた兄が主導権を握るということは、リベカの結婚の場合も同様です。

 

 リベカにはラバンという兄がいたが、ラバンはすぐに町の外れの泉の傍らにいるその人のところへ走った。妹が着けている鼻輪と腕輪を見、妹リベカが、「その人がこう言いました」と話しているのを聞いたためである。彼が行ってみると、確かに泉のほとりのらくだのそばにその人が立っていた。そこで、ラバンは言った。「おいでください。主に祝福されたお方。なぜ、町の外に立っておられるのですか。わたしが、お泊まりになる部屋もらくだの休む場所も整えました。」(24章29~31節)

 

 ラバンとベトエルは答えた。「このことは主の御意志ですから、わたしどもが善し悪しを申すことはできません。リベカはここにおります。どうぞお連れください。主がお決めになったとおり、御主人の御子息の妻になさってください。」(24章50~51節)

 

 リベカから報告を受けて、まず真っ先に行動したのは兄のラバンであり、アブラハムの僕の申し出を受けて、リベカの結婚を承諾するのも、ラバンでした。父ベトエルの前に兄ラバンの名が記されているのは、ラバンの方が主導権を握っている証拠となるものと思われます。

 ヌジで発掘された文書によれば、ハラン周辺を支配していたフルリ人の社会では、一種の兄権とも言うべき制度があり、一人の兄が他の兄弟、姉妹の上に法的な権威を持っていたようです。ラバンが、リベカの結婚に対して主導権を握っていたことは、こうした制度を前提とすれば説明できます。ディナの問題について、ヤコブが息子たちに主導権を委ねたことの背後には、こうしたフルリ人の社会制度の影響があったのかもしれません。

 さて、ヤコブの息子たちが嘆き、憤ったのは、シケムが、「イスラエル」に対して恥ずべきことを行ったからであると説明されていますが、ここでは、イスラエルという名前が、ヤコブ個人を指すものではなく、ヤコブを中心とする一族全体を指すものとして使われています。創世記の筆者は、次第に数を増すヤコブの一族に、国家の芽生えを感じていたと思われます。

 ディナの兄たちの嘆き、憤りから、ヤコブの一族における女性の結婚、特に性に関する倫理が高い水準であったことが窺われます。シケム、ハモルたちの感覚と、ヤコブの息子たちの感覚の違いが、ディナの物語の悲劇の背後にはありました。

 ハモルは、シケムの頼みを聞き入れて、ヤコブのもとにディナをシケムの妻として迎え入れたいと交渉に訪れます。ハモルは、率直に、ディナをシケムの妻としたいと申し入れますが、シケムがディナを力づくで犯してしまったことに対する謝罪、釈明はしていません。シケムの行為が悪であるという認識に乏しかったことが窺われます。

 ハモルは、更に踏み込んで、自分たちとヤコブの一族が、婚姻によって姻戚関係を結ぶようにと提案します。姻戚関係を結んだ上で、この土地に定住して、一緒に住むようにしてはどうかという訳です。これは、一つの民として、一族となりましょうという提案でした。ヤコブの一族は、数が増えて来たとはいっても、シケムの町の人々と比べれはとるに足りない数であり、一緒になれば、ヤコブの一族が吸収・同化されることはあっても、逆はありえないことをハモルは知っていたのです。

 ハモルに続いて、シケムも言葉を重ねますが、シケムの申し出は、ハモル以上に率直なものでした。申し出があれば何でも差し出そう、どんなに高い結納金でも贈り物でも差し出そうというのです。ディナに対する愛情がそれだけ深いものであることが分かります。こうした駆け引きなしの率直さは、ヤコブがラケルとの結婚のために7年間も働こうと、ラバンに申し出た時の場面を彷彿とさせます。

 ハモルとシケムの提案は、欲が深く、平和を好むヤコブにとっては、魅力的に見えたはずです。これを承諾しさえすれば、富が手に入るばかりでなく、シケムの地で安定した生活が送れるのですから。しかし、その一方で、承諾してしまえば、シケムの行った悪を追認することになるばかりではなく、一族のアイデンティティーが危機に瀕します。これは、神に選ばれた民としては、譲ることの出来ない一線でした。

 ヤコブは、ハモルとシケムの提案については、沈黙を守り続けます。

 

 13しかし、シケムが妹のディナを汚したので、ヤコブの息子たちは、シケムとその父ハモルをだましてこう答えた。

 14「割礼を受けていない男に、妹を妻として与えることはできません。そのようなことは我々の恥とするところです。15ただ、次の条件がかなえられれば、あなたたちに同意しましょう。それは、あなたたちの男性が皆、割礼を受けて我々と同じようになることです。16そうすれば、我々の娘たちをあなたたちに与え、あなたたちの娘を我々がめとります。そして我々は、あなたたちと一緒に住んで一つの民となります。17しかし、もし割礼を受けることに同意しないなら、我々は娘を連れてここを立ち去ることにします。」

                       (34章13~17節)

 

 沈黙を守るヤコブに代わって交渉の矢面に立ったのは、ヤコブの息子たちでした。その中心となったのは、ディナと同じくレアから生まれたシメオンとレビであったと思われます。

 ヤコブたちに対するハモルとシケムの態度は、ディナに乱暴したことへの謝罪や釈明こそしませんでしたが、ディナをシケムの妻として迎えたいと願っておりましたので、極めて友好的なものでした。シケムがディナを思う気持ちは、利害、打算のない純粋なものであったようです。

 一方、ヤコブの息子たちの態度は、陰湿で問題を含んでいます。

 まず、ハモルとシケムをだましたこと。ディナをシケムの妻として与えるつもりがないのに、妻として迎えたければ、シケムの町の男性全員が割礼を受けるようにと条件を出したことです。ここで、シケムだけではなく、町の男性全員が割礼を受けなければいけないと言った言葉は、「お互いに姻戚関係を結ぼう」というハモルの提案に対応しています。しかし、その裏には、割礼の苦痛で身動きできなくなってから、皆殺しにしてやろうという思いが潜んでいました。ディナは、父ヤコブの冒険心を受け継いだようですが、シメオンとレビを中心とするヤコブの息子たちは、父ヤコブの詐欺師としての性質を受け継いだはばかりか、殺人という点で父以上の悪に手を染めようとしています。

 第二に、神との神聖な契約のしるしであった割礼を、相手をだます道具として利用したこと。ヤコブの子どもたちは、割礼を軽く受け止めていたに違いありません。これによって、神を汚すことになることには気が付いていないのです。神への信仰に対する感覚が、歪んでいたか、或いは、神への信仰について無自覚であったと思われます。

 創世記の筆者は、こうした息子たちの態度について、「ヤコブの息子たちは、シケムとその父ハモルをだましてこう答えた。」と、「だまして」という言葉を使うことによって、彼らの行為が倫理的に悪であるという判断を示しています。

 

 18ハモルとその息子シケムは、この条件なら受け入れてもよいと思った。19とくにシケムは、ヤコブの娘を愛していたので、ためらわず実行することにした。彼は、ハモル家の中では最も尊敬されていた。20ハモルと息子シケムは、町の門のところへ行き町の人々に提案した。

 21「あの人たちは、我々と仲良くやっていける人たちだ。彼らをここに住まわせ、この土地を自由に使ってもらうことにしようではないか。土地は御覧のとおり十分広いから、彼らが来ても大丈夫だ。そして、彼らの娘たちを我々の嫁として迎え、我々の娘たちを彼らに与えようではないか。22ただ、次の条件がかなえられれば、あの人たちは我々と一緒に住み、一つの民となることに同意するというのだ。それは、彼らが割礼を受けているように、我々も男性は皆、割礼を受けることだ。23そうすれば、彼らの家畜の群れも財産も動物もみな、我々のものになるではないか。それには、ただ彼らの条件に同意さえすれば、彼らは我々と一緒に住むことができるのだ。」

 24町の門のところに集まっていた人々は皆、ハモルと息子シケムの提案を受け入れた。町の門のところに集まっていた男性はこうして、すべて割礼を受けた。                   (34章18~24節)

 

 ハモルとシケムに示された条件は、シケムの町の男たちが全員割礼を受けるということだけでした。ハモルが匂わせた様な、土地の使用に関する要求もなければ、シケムが申し出た結納金や贈り物に関する要求もありません。ディナとの結婚を認めることを口実とすれば、どのような要求でも突きつけることが出来たはずですが、ヤコブの息子たちは、割礼という一点に条件を絞ったのです。

 これは、ハモルとシケムには、願ってもない好条件だと映ったようです。二人は、ディナとの結婚を実現するため、更には、彼らの力と富を増すであろう同盟を結ぶための代償として、割礼はとるに足らないことだと考えたのでしょう。彼らにとって、割礼は単なる儀式・形式に過ぎず、経済的な負担は全くなかったのです。

 ディナとの結婚に気が急いているシケムは、すぐに割礼を受けることを決心し、町の門に出向きます。彼は、町の人々を集めてヤコブの息子たちの提案を説明しますが、当時、町の門は、重要な事柄を話し合う集会の場として利用されていました。

 シケムの説明は、割礼の宗教的な側面を全く省いたものでした。彼の説明のポイントは、「そうすれば、彼らの家畜の群も財産も動物もみな、我々のものになるではないか。」という点にあります。いわば、経済的な利益を受ける見返りとして、割礼の苦痛に耐えようという訳です。彼らの念頭には、割礼が主なる神との契約のしるしであるという宗教的な意味は全くありません。このように、現世における利益を得るために宗教に関わることは、現代においてもしばしば見られることです。 

 シケムの提案を聞いた町の人々は、みな提案を受け入れて割礼を受けることになります。ヤコブの一族の持つ家畜の群や財産や動物を求めて割礼を決心した訳ですが、彼らは、逆に全てのものを失うことになります。

 

 25三日目になって、男たちがまだ傷の痛みに苦しんでいたとき、ヤコブの二人の息子、つまりディナの兄のシメオンとレビは、めいめい剣を取って難なく町に入り、男たちをことごとく殺した。26ハモルと息子シケムも剣にかけて殺し、シケムの家からディナを連れ出した。27ヤコブの息子たちは、倒れている者たちに襲いかかり、更に町中を略奪した。自分たちの妹を汚したからである。28そして、羊や牛やろばなど、町の中のものも野にあるものも奪い取り、29家の中にあるものもみな奪い、女も子供もすべて捕虜にした。

                       (34章25~29節)

 

 割礼を受けて2~3日経った時が、一番痛みがひどいそうです。この時を見計らい、シメオンとレビは、剣をとってシケムの町に入って行きます。そして、割礼の苦痛で身動きが不自由になっている男たちを次々に殺してディナをシケムの家から連れ出します。

 その際、ヤコブの息子たち-多分、シメオン、レビを含めた、息子たち全員-は、倒れている人々に遅いかかって略奪をし、シケムの人々の財産をことごとく奪ってしまいます。これは、信仰の純粋さから出た行為ではなく、単なる利得行為に過ぎません。サムエル記上では、敵の財産を略奪したサウルは、神の言葉に反する行為を行ったとして断罪されています。

 

 17サムエルは言った。「あなたは、自分自身の目には取るに足らぬ者と映っているかもしれない。しかしあなたはイスラエルの諸部族の頭ではないか。主は油を注いで、あなたをイスラエルの上に王とされたのだ。18主はあなたに出陣を命じ、行って、罪を犯したアマレクを滅ぼし尽くせ、彼らを皆殺しにするまで戦い抜け、と言われた。19何故あなたは、主の御声に聞き従わず、戦利品を得ようと飛びかかり、主の目に悪とされることを行ったのか。」              (サムエル上 15章17~19節)

 

 一見、ディナの辱めをそそぐための行為でありそうに見せながら、結局は、単なる殺戮と略奪の行為に堕してしまった訳です。 

 

 ところで、これまでは、このディナの物語を個人的な物語として読んできましたが、物語の起源には、一人の少女と2人の兄という少数の個人ではなく、もっと大きな民族対民族の事件が潜んでいるのではないかとする説があります。

 創世記の記事以外には歴史的な記録が残っておりませんから、推測の域を出ませんが、当時の重要な交易の中心地であったシケムの住民とイスラエルの先祖たちが同盟を結び、しかし、それが悲惨なことに破綻して紛争が生じたという説です。最終的にはイスラエルの先祖たちが勝利を収め、シケムを暴力的な形で占拠することで収拾がはかられたのでしょう。確かに、シケムの人々を皆殺しにして町を占拠するということが、仮に割礼の苦痛で相手が身動きが不自由だったとしても、たった二人の人間にできるかどうかは、疑問です。

 こうした歴史的な紛争の記憶がディナの物語と結び付き、現在のような形にまとめられたと考えることは、物語の起源に関しては説得力があります。

 

 30「困ったことをしてくれたものだ。わたしはこの土地に住むカナン人やペリジ人の憎まれ者になり、のけ者になってしまった。こちらは少人数なのだから、彼らが集まって攻撃してきたら、わたしも家族も滅ぼされてしまうではないか」とヤコブがシメオンとレビに言うと、31二人はこう言い返した。

 「わたしたちの妹が娼婦のように扱われてもかまわないのですか。」

                       (34章30~31節)

 

 これまで沈黙を守っていたヤコブが、最後に重い口を開きます。

 ヤコブの口から漏れる言葉は、利害、打算からのもので、およそ信仰的なものではありません。

 ヤコブにとっては、自分たちがカナンに定住しなければならないのだとするならば、何であってもその地方の住民を挑発するような行為は避けるべきでした。特に、その地方の人々が自分たちよりも力において勝っている場合には、友好的な態度を保たねばならないと考えていたのです。違う民族との結婚は認められないとしても、平和的、友好的に共存して行くことが願わしいことでした。ヤコブは、自分たちが根絶やしにされ、神の約束の言葉が成就しなくなることを怖れていたのかもしれません。シメオンとレビの行為は、こうしたヤコブの気持ちを踏みにじるものであり、ヤコブの受けた衝撃は大きなものであったと思われます。

 ヤコブは、臨終の床で息子たち一人一人に祝福を与えますが、シメオンとレビに与えられた言葉は、祝福ではなく呪いの言葉でした。

 

 シメオンとレビは似た兄弟。

 彼らの剣は暴力の道具。

 わたしの魂よ、彼らの謀議に加わるな。

 わたしの心よ、彼らの仲間に連なるな。

 彼らは怒りのままに人を殺し

 思うがままに雄牛の足の筋を切った。

 呪われよ、彼らの怒りは激しく

 憤りは甚だしいゆえに。

 わたしは彼らをヤコブの間に分け

 イスラエルの間に散らす。            (49章5~7節)

 

 シケムでの事件を原因として、彼らシメオンとレビの部族は、他の部族の中に分散されて行きますが、二人に与えられた呪いの言葉のうちに、ヤコブの受けた衝撃と怒りが込められています。

 シケムでの殺戮と略奪を叱るヤコブの言葉に、シメオンとレビは、「妹が娼婦のように扱われてもかまわないのか」と切り返しますが、これに対するヤコブの答えはありません。

 自分たちの信仰を守り、名誉と尊厳を保ちつつ、平和的・友好的に他民族と共存をはかるにはどうしたらよいのか?この問題は、これ以後のイスラエルの歴史に繰り返し登場する問題であり、その発端がシケムでの出来事に示されたと言えます。

 

<今回の参考書>

 

「創世記」(関根正雄訳 岩波文庫)/「創世記」(月本昭男訳 岩波書店)/「ヘブライ語聖書対訳シリーズ 創世記Ⅱ」(ミルトス)/「創世記講義」(政池仁著 聖書の日本社)/「現代聖書注解 創世記」(ブルッグマン著 日本基督教団出版局)/「ケンブリッジ旧約聖書注解 創世記」(デヴィッドソン著 新教出版社)/「新聖書注解 旧約Ⅰ」(いのちのことば社)